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当日券(販売期間:6月16日~9月2日)大人1,600円
中人(中高大学生)1,400円
小人(小学生)900円

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ペアチケット

当日券(販売期間:6月16日0:00~9月2日23:59)大人ペア料金3,000円

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※本券で大人2名様までの入場が可能です。

ファミリーチケット

当日券(販売期間:6月16日0:00~9月2日23:59)大人・小人ペア料金2,300円

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※本券で大人1名と小人(小学生)1名、計2名様までの入場が可能です。

※未就学児は無料ですが、単独入場はご遠慮下さい。

※会期中1枚につき1名様1回限り有効。

※チケットの変更・払戻し・再発行不可。

※再入場は不可となります。

マンガ/アニメ/都市

2014年3月、お台場に屹立するRX78-2 ver.GFT(ガンダム)に対してのプロジェクションマッピングが初めて行われた※1

臨海副都心のシンボルとして数多くの観光客を集めた実物大ガンダム立像だが、残念ながら2017年の撤去が決定している。
とはいえ、臨海副都心の整備された区画に屹立している、このマンガアニメのキャラクターは、とてつもない存在感を放っていた。この立像のある風景というのは、海外の人にとってはある意味での「TOKYO」らしさを強く体現していた存在に映っていたに違いない。
そもそも「マンガ」の定義は世界各国で様々だが、こうしたマンガを“芸術”として認めるかどうか、という論争は古くから存在する。特に芸術に関して保守的と言われるフランスでは、現在もその論争は続いていると言ってよい。「デッサンされた帯」という語義の「バンド・デシネ」がフランスでマンガに相当する語だが、このバンド・デシネを芸術として認めるかでは、様々な論争がある。階級社会的色彩を色濃く残すフランスでは、そのプレッシャーからバンド・デシネを過度に学術的に扱おうとするあまり、衒学的スノッブに陥るような状況が発生したり、といったことも起きている。

※1
18メートルのガンダム立像への3Dプロジェクションマッピング。産業革命が起こった過去から自然と共存する未来へと、有機的に進化するエネルギーの流れをモチーフに作品制作が行われた。(『"Industrial Revolution"-to the future-』,2014,演出 NAKED Inc. ©創通・サンライズ)

ともあれ、ミッテラン大統領政権下で決定され、1990年に設立されたCNBDI(国立BDイメージセンター)などが中心になり、BDを「第九の芸術」として位置づける運動も盛んになった。同機関から研究誌『第九の芸術』が刊行されるなど、マンガを芸術の一ジャンルとして扱おう、という機運も高まった※2。日本でも2016年、六本木・森アーツセンターギャラリーを皮切りに、全国各地でルーヴル美術館特別展「ルーヴル No.9 ~漫画、9番目の芸術~」※3が開催されたことも記憶に新しい。
日本では、主に社会学的な側面からマンガに対しての言及がスタートしたが、2000年代にはおおよそ学問領域としての定着を見たといっていいだろう。
こういった背景を踏まえながら、改めてお台場のガンダム立像を見ると、ここが東京ならでは、の風景であることに気づく。
『機動戦士ガンダム』という作品は、TV初放映時は、あくまでも児童向けのTVアニメシリーズとしてのフォーマットを守りながらも、実際の戦争に即した戦争ものを描いたことはよく知られている。折しも、当時は政治の季節でもあり、こうした時代的な空気の中で作られた作品でもあった。
こうした作品によって生み出されたキャラクターが、何の違和感もなく、開かれた公共の都市空間に溶け込でいる風景は、二重三重の意味空間を持つ。 冒頭で挙げた、この立像への映像投射もまた、東京でしか存在し得ない創造性であると言えるだろう。

※2
BDが「第九の芸術」と呼ばれるまでの経緯や、BDの通史については、本書が詳しい。また、既存文学や既存芸術を哲学的な視野から比較するなどの論考も含まれている。古永真一(2010)『BD 第九の芸術』(未知谷)

※3
ルーブルにアーティストを招聘し、ルーブルをモチーフに自由に作品を描くプロジェクト。フランスで行われた本プロジェクトが、展覧会として日本に上陸。森アーツギャラリーを皮切りに全国で開催。(ルーブル美術館特別展『ルーブル No.9』), 2016-2017, )

CASE STUDIES

人の営為の集積が“都市”であるとき、我々の“LIFE”はどのようになっていくのか。
本展は、そうした「私たちそのものへのあり方」への問いかけでもあります。

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