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当日券(販売期間:6月16日~9月2日)大人1,600円
中人(中高大学生)1,400円
小人(小学生)900円

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ペアチケット

当日券(販売期間:6月16日0:00~9月2日23:59)大人ペア料金3,000円

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※本券で大人2名様までの入場が可能です。

ファミリーチケット

当日券(販売期間:6月16日0:00~9月2日23:59)大人・小人ペア料金2,300円

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※本券で大人1名と小人(小学生)1名、計2名様までの入場が可能です。

※未就学児は無料ですが、単独入場はご遠慮下さい。

※会期中1枚につき1名様1回限り有効。

※チケットの変更・払戻し・再発行不可。

※再入場は不可となります。

都市と創造性

都市を構成している要素にはさまざまな要素がある。社会インフラの状況や、政治状態、経済の状態、規制やレギュレーション、地政学/地理的要因なども挙げられる。
しかしながら、どの都市でも決定的に必要とする要因がある。それは、人である。都市にとって人は、もっとも重要なファクターであり、その都市が変化を望むにせよ望まないにせよ、そこに関与するのは、常に人である。 創造性とは、ただ単に新しいものを生み出す、ということではない。創造性というとき、何か、「守旧派 vs 改革派」というイメージから、創造性と改革派が結び付けられてしまいがちだが、創造性とは過去を否定し、新しく何かを生み出すことではない。

リチャード・フロリダらは、創造性に富んだ都市を可視化するために、ユニークな調査を行った ※1。彼らは、多くの変数に併せて、住宅価値とゲイ/ボヘミアン(移住者)との相関を調べた。その結果、創造性が発揮されている都市は、ゲイ=ボヘミアン(人口のおおよそ4%前後と言われている)の数と強い相関性を示した、というものだ。
もちろん、こうしたジェンダー問題は、どこまでパブリックにできるかというナイーブな側面も含むので、一概にこの調査を妥当性を評価できるかは疑問ではあるが、それでも、そしたゲイ=ボヘミアンに比較的許容度の高い都市が、創造性に富むという示唆は興味深い。 一方で、長い歴史に基づいて、一定の秩序を保たずに、ただ拡大発展だけを目指すと、スプロール現象(都市が無秩序に拡がり、虫食いと、過度の集中化が起こる現象)が起きてしまう。
創造性とは、結局のところ、日々我々が生活していくなかで、発揮されるものであって、高尚な「アート作品」をコンピュータで生み出すことだけではない。

※1
リチャード・フロリダ(2009)『クリエイティブ都市論』(ダイヤモンド社)

どの都市であっても、社会的な問題は存在する。そした課題〜Social Agendaに対して、これまでと異なる文化的なアプローチを採ること有効性は、様々な事例によって示されている。
オーストラリア・シドニー ※2で毎年開催される『ビビッド・シドニー』は、観光誘致という側面においては、一定の成果を上げているように感じられる。ビビッド・シドニーの魅力は、単に光の祭典として巨大であるだけでなく、ほんの小さなアイディアが、今や世界中の注目を集めるまでに至ったそのプロセスにある。観光客のみならず、世界中のクリエイターが集まり、また地場のオペラハウスなどの歴史的建築もこれに協力をする、という、新旧の緩やかな連携もまた、成功要因のひとつである。

都市は、それそのものが創造性の集積である。例えば、ビビッド・シドニーのようなイベントを、集積のないゼロベースの場所で開催しようと思えば、途方もない予算と人的が必要になるであろう。過去の歴史と、現在を含みながら新しい創造性が発揮されることで、このような営みが可能となる。

都市の持つ創造性〜それは、そこに住む人々の皆のなかから立ち上がるものであり、アーティストやクリエイターは、それぞれ独自の創造性を持って、そうした都市の持つ創造性を可視化していく。過去と現在を含みながら、未来を提示する。この二重構造が、本展『TOKYO ART CITY by NAKED』のコンセプトである。

※2
ビビッド・シドニーは、毎年およそ18日間に渡って開催される光の祭典。シドニーは、このほかにもLBGTやロックフェス、映画祭など、さまざまな都市をあげてのイベントが開催されることで知られている。(『Vivid Sydny』, オーストラリア/シドニー)

CASE STUDIES

人の営為の集積が“都市”であるとき、我々の“LIFE”はどのようになっていくのか。
本展は、そうした「私たちそのものへのあり方」への問いかけでもあります。

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